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第15回 四万十川 ウルトラマラソン


 今年の四万十は例年と違い膝の痛みのため思うように練習できなかった。。
9月、10月と走る事が出来たが、総距離としては少ない。それに、100kmと言う距離に膝が持つかも
心配であった。
10月の『馬路村フルマラソン』を3時間37分で走れたので、少し走れるような自信が戻ってきた。
しかし、ゴール後は膝の痛みはもちろんの事、両足の脹ら脛が攣りそうになり大変な思いをした。
その後は、順調に週末距離を稼いだ。最後の走りは、マイコースの10kmであったがこれが46分で
走れたので『よし、やれる』と確信した。
  土曜日に山崎と一緒に四万十市入りした。例年と同じ行動をとった。

受付→川西カイロ→朝食の買い出し(サニーマート)→夕食(サニーマート内のうどん屋)→山崎を送る→
受付会場近くの公園へ移動(車の中で寝るため)

 何時も、このパターンだ。
スタートのための準備を車の中で細々と行った。そして、就寝。
寝入り込む事はなく、浅い眠りだった。これもいつもの事だ。2時30分には起きあがり、朝食に買っておいた
赤飯とおにぎりを野菜ジュースで流し込んだ。この野菜ジュースのまずさには、辟易した。
トイレを済まし、全ての準備をしてバス集合場所に移動した。
すると、もう並んでいて第一便に乗れない状態だった。でも、やっとの事で乗り込む事が出来た。
バスの中では、寝ていた。直ぐに、スタート地点の蕨岡中学校に着いた。
 スタート地点での行動も何時もと同じ行動だ。

体育館に入る→袋を分ける(レストステーションとゴール)→ワセリンを塗る→トイレに行く→荷物を預ける→
スタート地点に移動する

 スタート地点に移動して、もう一度小便をしたくなったので道路の脇に入り用を足した。
前の方へ割り込んでいくと山崎がいたので声をかけた。写真を撮ってから、スタートを待った。

午前5時30分  ピストルが鳴らされた。

長い一日のはじまりだ。
急がず焦らず進んだ。少し走ると、目の前が変な感じになったが気にしなかった。これが後に、影響してくる
とは知らず。
 今年は『サブテンで写真を写す』が目標だった。だから、前半に貯金をしておかないと後半にやられると
思っていたので10kmごとのラップを見ていた。最初の10kmは52分であった。この四万十の最大難所の
登りは58分だった。「少し遅いかな」と言った感じだった。下りで、少しでもカバーできるようにと思って走ったが
スピードをは抑え気味で下った。この下りは52分であった。四万十沿いを走り始めて、第一関門を通過してから
少し疲れを感じて来だした。40km地点では3時間39分であった。
この時点で、貯金が少ないなと思い出した。しかし、ペースを上げるほど力がなかった。
少しずつペースが落ちてきていて、コンディションも悪くなってきているのが感じられてきた。
「どうもいかんな、どうしたんや」と思い出した。48kmあたりで体調が急に悪くなり「休んで、寝ないと危ない」と
感じて係員のいる所まで我慢して走り、「5分間寝ますので、時間が来たら起こして下さい」と言ってコース沿いで
横になった。寝始めると目が回り出して、おかしくなった。それが落ち着くと、「これでは完走できない」と弱気に
なってくる。そんな言葉が、頭の中を走り回っていた。
すると、「5分経ちましたよ」という言葉を係員の女性がかけてくれた。「これ以上休むとまずい」と思っていたので
むくりと起きた。「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたので「大丈夫です。ありがとう」と言って、ゆっくり走り出した。
ペースが上がらず体調の悪いまま進んだ。最初の沈下橋にさしかかる手前で「マイスター」のユニホームを見かけ
たので声をかけた。少しだけ話しながら走った。沈下橋の上で、記念写真を撮ってあげて別れた。
私には、彼について行くほどの力が残っていなかった。
難所の二つ目の登り坂がやってきた。ここはいつもコンビネーションランで走る事にしているので、今回もそうして
乗り切る事にした。昨年は、ここまでにまめが出来ていて痛みに耐えながら走った事を思い出した。
登りきって、一気に下っていくと関門があって係員に後ろのゼッケンをはずして良いか聞くと「直してもらえ」と言う
ので「直す事が出来ない」と言い返したが返事がなかった。やり過ごして、橋を渡り始めると弟さんの応援に来ていた
森田さんに会った。写真を撮ってくれながら「山崎さんが後ろに来てますよ」と声をかけてくれた。
人の事はどうでもいいので気にせず走った。
 60kmのラップは前半の貯金を喰いつぶした状態だった。
カヌー館のレストステーションで女房と会ったので、ここでも寝る事にした。
「3分経ったら起こしてくれ」言って、直ぐに横になった。時間が気になりだしたので、起き上がって女房に「まだか」
聞くと「もう過ぎてる」との返事だった。イラッときたが、栄養ドリンクやチューブドリンクを流し込んで走り出した。
 70km時点では7時間を超えていた。「これではサブテンは無理だ。10時間30分を目指すしかない」と考えを
切り替えた。ペースが一定ではなく、少し良くなると体調が悪くなるが繰り返された。エイド、エイドでは頭から
水をかぶり背中にも水をかけ体を冷やしながら距離を縮めていった。
今年は曇る事もあり、後半もそんなに暑さは感じなかった。だからこそ、コンディションさえよければサブテンはと
言う思いが強かった。今年も、80km過ぎの施設エイドの食べ物の豊富さには目を見張らされた。
ここでは、濡れタオルとコカコーラを頂いただけだった。
ここからは、道も広く日陰がないので暑さに耐えながらひたすら距離を縮めて行くしかない。
 90km地点で時計を見るとこのペースで行くと10時間30分を超えそうな状態だった。
最後の10kmは1時間5分以内で走らないとまずいと思いながら、走った。
ペースを上げているつもりなのに上がっていない状態で焦った。
5km、3km、2km、1kmと残りが少なくなるにつれて元気は出てきた。1kmを切った最後の登り坂も必死で走り、
「お帰りー」の声に励まされながら、下った。団地の中をくねくね曲がりながら中村高校の門に入った。
私の前のランナーのゼッケン番号と名前が呼ばれているのを聞きながら、最後のコーナーにさしかかった。
私のゼッケンナンバーも呼ばれ「高知県の中野先生です、お帰りなさい」。
 
 ゴール!!

 ゴールをして時計に目をやった。10時間30分を切っていた。係の中学生が完走メダルかけてくれた。
アイシング用の氷を貰い座ってアイシングをした。そこへ井上氏がやってきた。一年ぶりの再会だ。
女房も来て、少し話をした。
 その後、RKCラジオのブースへ行った。前日に「ゴールしたら、出て下さい」と言われていたのだ。
15分くらい待ってから、生放送に出演した。いつもながら、有り難い事だ。
和郎さんと女性アナウンサーだった。10分程度の出演だったが、「来年、今年のリベンジをします」と断言した。
挨拶をして、着替えに行った。さすがに足が堅くなっていて痛かった。
うどんをすすってから、車に乗り込み帰路についた。

 今年の四万十は体調不良に泣かされた。
目標にしていた『サブテンで写真を写す』を達成できなかった。年齢は重ねていくが、その衰えに負けないように
しなくてはと思っている。
 今年より走り込んでサブテンをしてみせる。

ボランティアの皆さん、
沿道の皆さん  
ありがとうございました!

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